市町村大合併で新しい市が誕生。市制5周年の記念事業としてイベントを開催する
~運営を委託するイベント会社を選考するためのオリエンテーションを実施する~
平成に施行された市町村大合併で、Q市は東町と西町が合併して誕生した。東町は古くから農業で栄え、梨などの果物を特産品としている。西町は伝統工芸品の生産地だが、数年前から新様式の工芸品の開発に力を注いでいる。この全く異質ともいえる2つの町の合併について、当初はいぶかしく思う住民も多かったが、多くの地方都市が抱えている過疎化はこの2つの町にとっても例外ではなく、その危機感が起爆剤となった。またこの異質性が逆に相乗効果を生み、Q市は確実な発展を遂げてきた。
その発展を背景に「これからは観光事業にも力を入れていこう。そのために、再来年の市制5周年には記念事業としてイベントを開催しよう」という若い市長の呼びかけに、市の観光協会をはじめ商工会議所などが協力を申し出た。市長を委員長とする実行委員会が発足するのにも時間はかからなかった。
各団体の職員から構成される事務局が設置され、基本構想や基本計画、実施計画などの作成が順調に進み、市民の盛り上がりも日を追うにつれて高まっていった。イベントが“THE HARVEST FESTA(収穫祭) in Q”というタイトルで秋に開催するという企画に決まった。合併の発表が秋だったことも理由の一つだが、秋は東町の収穫時期であり、西町でも恒例の新様式の工芸品発表会があるので、Q市がもっとも活気を帯びている季節だったからだ。
開催が来年に迫り、実行委員会に所属する各団体では、「全国から観光客を呼び込み、一気にQ市の知名度をアップさせよう」を目標に、本格的なPR活動が始められ、準備はいよいよ佳境に入ってきた。
実行委員会の事務局長はQ市役所の鈴木、補佐役は商工会議所の佐藤である。運営業務を委託するイベント会社を選考するコンペを行なうために、鈴木は佐藤がまとめてくれたチェックシートを見ながら、一緒にオリエンテーションの内容と選考基準などの確認をしていた。次回の実行委員会では、二人が作成した『イベント会社への業務委託案』を上程することになっていたからだ。
鈴木 「佐藤さん、ドームを市民総合運動場に造るなら、強風や雨などで倒壊することがないような設計が重要ですね。」
メイン会場の市民総合運動場に特産品の梨の形をイメージしたドームを鉄骨とテントの膜構造で建設することになっていた。
佐藤 「はい、そうなんです。倒壊事故などが起こってけが人が出たら大変ですから、市の公園管理事務所や建築課から基本情報を提供していただき、事前の打合せも数回行いました。その時のアドバイスで設計をお願いした建築士とも十分に打合せをするように、と言われましたので、建築士とも何度も打合せをしています。」
鈴木 「そうですか、さすがですね。観光協会さんの話によると、旅行会社さんへの説明会では参加者の反応がとても良くて、また“THE HARVEST FESTA in Q”を組み込んだツアーを企画している旅行会社も多いそうです。そうなると、Q市の市民だけでなく、全国からお客様がいらっしゃいますから、その中にはお年寄りや障がいのある方、お子様連れの方も大勢いらっしゃると思うんですよ。イベント会場の施設とか会場周辺のお客様の動線、それに来場者数の予測もしっかりやっておかないといけませんよね。」
佐藤 「ええ。特にこの点はオリエンテーションでも十分な説明を行って、提出していただく運営計画書にも、具体的な対策を記述していただこうと思っています。」
鈴木 「バリアフリー対応は今では当たり前ですからね。それから、特産品の即売コーナーは観光客の人気を集めそうです。このコーナーは予想以上に混雑すると思うんですよ。」
佐藤 「果物や野菜などは市価の半額くらい、工芸品の中には3〜4割引きで販売するものもあるそうですから、観光客だけでなく地元の方々もたくさん購入されると思います。混雑は間違いありませんから、ピーク時を想定したお客様の誘導・整理の提案を、コンペに参加するイベント会社にはお願いするつもりです。」
鈴木 「是非、オリエンテーションでお願いしてください。もし事故などが起きたら次回の開催は不可能になります。盛り上がっている市民の期待を裏切ることは許されません。イベント会社へ警備や救護などの体制についても、提案をお願いしてはどうでしょうか?」
佐藤 「もしイベント会社に警備もお願いするとなると、警備業の認定を受けていることが条件になりますから、コンペに参加できるイベント会社も限られてきますが……。」
鈴木 「あっ、そうでしたね。では、警備業務の委託先は、運営業務と分けて委託することを含めて、実行委員会で協議してもらいましょう。」
佐藤 「そのほうがよいと思いますので、議題に追加しておきます。」
鈴木 「そうそう、イベントというと、会期中ばかりが注目されますが、『施工から運営、そして撤去が無事に終わって、初めて成功した』と言えるそうです。以前、業者の方から、『施工時にヒヤットすることがあるんだ』と聞いたことがありますが、どうなんでしょう?」
佐藤 「私も聞いたことがあります。『ヒヤリ・ハット』と言うのだそうです。市の建築課に相談に行ったときに、『会場やブースの施工では、工程表や安全標語の掲示、高所作業での安全装具の着用、電気工事等での感電防止用具を着用した作業と有資格者が従事すること、資格の有無も事前にちゃんと確認すること』などと、とても厳しいアドバイスをしてくれました。」
鈴木 「イベントはちょっとした連絡ミスや確認モレが大きな事故につながることも多いようですから、コンペに参加するイベント会社の方々からは、各社の『安全ポリシー』についてもご提示いただきましょうか?」
佐藤 「『安全ポリシー』もそうですが、実は『環境ポリシー』と『プライバシーポリシー』についても、ご提示をお願いしようと考えていたんです。今回はボランティア募集や市民参加イベントがありますから、事務局も運営で個人情報を取扱うことが多くなります。『プライバシーポリシー』の確認は不可欠だと思っています。」
鈴木 「その通りです。いやぁ、イベントのチェック項目って結構ありますね。佐藤さんもお疲れでしょうが、もうひと頑張りして、今日中には終わらせましょう。」
それから1年後、“第1回THE HARVEST FESTA in Q”は大成功を収め、終了後には全国から「来年はいつ開催するのか?」という問合せが相次いだ。その日も鈴木と佐藤はその応対に追われていた。
佐藤 「終わったらヒマになると思っていたのに、なかなかなりませんね。」
鈴木 「イベントは1回目の終了が2回目の始まり、ということなんでしょう。今回の報告書の作成が終わったら、すぐに来年の基本構想を練らないといけません。」
佐藤 「えっ? もう来年の準備ですか?!」
こう言いながらも笑顔の佐藤を見て、鈴木は“もうすでに佐藤さんは、第2回目の基本構想とオリエンテーションシートの構成案の作成に着手しているな”と確信し、笑顔を返しながら、こくりと頷いた。
イラスト:鈴木純子


