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【第11話】ステージ研究(3) ステージの課題

栗原 毅

電通MS事業局スペースブランディング室プロジェクトディレクター
マーケティング局、メディア開発局を経て1989年~1994年電通ドイツ出向。商業放送衛星計画作成に参加。
1998年~2001年ハノーバー万博MSOGmbH出向。同万博事業計画作成に参加。
2001年イベントスペース開発局。来場者の心理変化を指標としたイベント効果測定手法の開発に参加、現在も同作業を継続中。

共著「デジタル集客術」同友館 「イベント学のすすめ」ぎょうせい

【 展示会の最新事情 】


現実への疑問:「経験性」の低さ
 ステージが実際にどう働いているかを分析していくうちに、やや深刻な疑問が出てきました。それは、ステージが本当に展示会の特性を活かしたかたちで行われているのか、という疑いです;

 一言で言うと、ステージ上で来場者を「巻き込」もうとする姿勢が驚くほど希薄なのです。ステージが一方向的になっている。説明者が原稿を読むだけの一方的なプレゼンテーションがその代表選手ですが、演出に趣向を凝らしている場合(手品、なわとび、ロープの曲芸などで楽しませようとする)も、これらの手法が単なるアイキャッチで終わっていたり、MC(司会者)が用意されたシナリオや映像を後追いして説明するだけだったりする。来場者の視点から言えば、見ている人々を受身のままに放置している。


これはとてももったいないことだと思うのです。


展示会は「経験価値」を特徴とする媒体です。現実に商品にさわり・比べ・話を聴いて納得する。この過程を一度に行える。他のいかなるメディアにもない特徴です。だから人のココロを動かすことができる。そのためには見ているヒトをなんらかの形で巻き込まねばなりません。


ステージの毒
 ステージという展示手段は多彩な訴求手法を備えた非常に強力なものです。強力で便利だから、安易に使われる。
予算のあるステージは、テレビと同じ豪華な手法を駆使して、10分間のテレビ番組・インフォマーシャルのように仕立てられます。
予算が少ないステージもスクリーンは必需品です。むしろ弊害は小予算の場合に顕著かもしれません。冒頭挙げたように「シナリオ棒読み」型の一方向的意匠になってしまい、結果的に「映像を使って出展側のいいたいことをいっただけ」という印象を抱かせてしまいます。
ステージの多彩さが、テレビ的な方向にずれているような気がします。展示会というメディアが持つ体験性、双方向性を捨てて、テレビとさほど変わりのない「一方向」なものにしてしまっている。そこには、手軽さに頼って「経験する」ということの本質的価値を捨ててしまう危険があると思えてなりません。ステージの毒、と言っていいかもしれません。


円満具足なケースに共通するもの
 ここで、ステージへの評価が高く、企業や商品への態度変化も大きかった例をご紹介しましょう。
実はこういう理想的な例はとても数が少ないのです。私たちの事例集の中では、わずかに2例。ある総合家電メーカーと、ソフトウェアハウスのケースがあるだけです。
前者は、展示商品導入の効果を簡単な寸劇にしたてて説明。後者は商品ごとにステージと説明パネル・説明員を用意して、ステージとパネル+説明員をワンユニットとして訴求したものでした。


共通する特徴を挙げると;
(1)スクリーンや活字でなく、ステージ上のナマの所作を用いて説明している。 
(2)ステージで伝える内容は、商品説明ではなく使用効果。 
(3)商品の説明は「ブース内のほかの展示や説明員にどうぞ」とゆだねる姿勢。


 つまり(1)ライブ性を活用する、(2)受け手の立場に立ったメッセージ、(3)ステージと他展示要素との分業、ということです。
ケースが少ないのでなんともいえませんが、ステージの機能と使用方法を考える上で示唆に富む結果だと思います。


他の展示要素とのつながり
 展示会でヒトが受け取る印象は出展者が提供したいとおもっている情報だけでなく、コンパニオンの印象や展示製品のてざわり、展示演出の楽しさや企業イメージなど、多様なものです。ステージはその印象形成に大きく役立つ手段ですが、すべてではありません。
 展示会の特徴を活かすには、ステージが「テレビ的」になりがちであるということを理解した上で、他の展示手法と連結させていくことが必要でしょう。


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ステージは 強力な伝達手段です。
強力なだけに、使い方を誤るとせっかくの経験価値媒体という特徴を見失うこともある、毒をもった手法です。

次回は、ステージが持つべき機能をまとめて概観、他の展示手法とステージとのかかわり方について考えてみたいと思います。