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「イベント産業、新たな時代に向けて」~ 受注型から提案型へ ~

調査研究本部 本部長 宮木宗治

 

1.             曲がり角のイベント産業

 

● イベント産業って何?

日本イベント産業振興協会という名前の社団法人に身を置く者として、立場上「イベント産業って何ですか?」とか、「イベント市場の動向について語って欲しい」と言われることがある。そんな時、私はいつも一瞬、言葉につまる。イベントは、産業として独立した存在として確立しているのだろうか。市場を形成しているのだろうか。との疑念がつきまとう。イベント業界という言葉には、不自然さは無い。しかし、産業というには、未だ茫漠としており、その輪郭はあいまいなままである。自動車産業や家電産業と比べるといかにも小規模、脆弱にみえる。むしろ、産業化する以前の「家業」の域を脱し切れていないのではないか、との厳しい見方すらしたくなる。

 

総務省統計局によれば、産業の定義として「産業分類にいう産業とは,事業所において社会的な分業として行われる財貨及びサービスの生産又は提供に係るすべての経済活動をいう。これには,営利的・非営利的活動を問わず,農業,建設業,製造業,卸売業,小売業,金融業,医療,福祉,教育,宗教,公務などが含まれる。

なお,家庭内においてその構成員が家族を対象として行う生産・サービス活動は,ここでいう産業には含めない」とある。

ということは、イベントを生業としている経済活動も、産業であり、どこかに分類されるはずである。

この産業分類をみると、大分類、中分類、小分類および細分類の四段階に分かれており、大分類19、中分類97、小分類420、細分類1,269となっている。イベントに関わる業務は、この中のどこに含まれるのだろうか。

結論から言うと、「イベント業」もしくは「イベント請負業」「イベントプロデュース業」といった分類項目は、どこにもない。イベントという言葉自体が産業分類のどこにも無いのである。

 統計上、国はイベントを産業として認知していないことになる。逆に言えば、イベントという事業に関わる産業は、多岐にわたり分類不能ということでもある。

 

当協会の会員各社には、大手自動車メーカー、大手家電メーカー、広告会社、印刷会社、展示装飾会社、ゲームメーカー等々、各産業分野が名を連ねている。かつては、建設業、商社、保険業等も多数、会員として活動に加わっていた。

    彼らの頭の中には、イベントとの接点は多数あるもののイベント業界に属している意識はない。またイベント産業を構成する一員としての意識も希薄である。

 

    博覧会やオリンピックのような大規模イベント、あるいは国体や国民文化祭、あるいは緑化フェア等々、国が関わるイベントには、各産業がビジネスチャンスを求めて多数参入する。しかし、担当セクションは別として、各企業の本体は、自らをイベント産業の担い手としての認識はほとんど無いのが実情である。

 

このようにイベント産業という概念は、意識下に無いところで伸縮を繰り返し、今日まで来ているのである。

 

しかし、問題はイベントを生業(なりわい)としているビジネスは確実に多数存在しており、今、極めて大きな曲がり角を迎えていることである。本書に掲載されている各社は、まさにイベント業界を構成している重要なメンバーである。「無意識なイベント産業」に対して「有意識なイベント業界」といってもよいかもしれない。

この「有意識なイベント業界」が、意識の高いイベント業界としてシフトできるのか、そこが最大の課題といっても過言ではない。

 

● 苦肉のイベント市場規模推計

   イベント産業という概念と同様に、イベント市場もまた、把握するのが大変難しい。全国各地で毎日のように展開している無数のイベントをどうやって把握するのか。イベントといっても展示会・見本市もあれば、シンポジウムやセミナー等の会議イベントもある。あるいはスポーツイベントやコンサートや展覧会等の文化イベントもある。今、愛知県で実施されている万国博覧会・「愛・地球博」もまたイベントである。ジャンルの違うイベントをトータルにして、国内のイベント市場規模は云々と言ってみたところで、意味ある数字なのか? さらには推計に用いたデータは、信頼するに値するのか。推計に推計を重ねていくことで、実態と乖離しているのではないか、等々。それこそ厳密をきそうとすれば、次々と難問が待ち構えている。これは、もうエイヤーで割り切るしかない。

 

当協会では、イベントの性格や情報源が元々異なるイベントを7つのカテゴリーに分け、カテゴリー毎に事業費と会場での参加者消費額を足した額を「国内イベント市場規模推計結果報告書」として公表してきた。その中で、全体のイベント規模として、平成10年から平成14年まで、ほぼ4兆円~4兆5千億円の間で推移してきたとしている。【図1

但し、平成14年の数値は、前年を大きく下回っているが、これはデータソース、及び推計方法を一部変更したことに起因する。特に会議イベントの推計方法の変更が大きく響いた。毎年、データソースの関係で公表までに2年間のタイムラグが生じている。これを解消するための措置を現在講じており、最新データは、6月中に公表する予定である。

 

    また、約4兆円のイベント市場規模に関しては、議論の分かれるところでもある。イベントに直接携わっている方々からは、正味は、この10分の1の約4000億円がいいところではないか、との説。あるいは、逆に、40兆円は堅いのではという説もある。その根拠は、イベントはもともと経済誘発効果に目を向けなければ、そのパワーの本質を見失うという説である。例えば、デジカメやカメラ付携帯電話の爆発的普及。購入の動機付けとして「入学式」や「卒業式」「結婚式」「誕生日」「旅行」等々のイベントがあるはずだということや、イベントに伴う旅費、宿泊費も入れないと意味がない、クリスマスやバレンタイン等のイベントで動く莫大な費用は、どこにも入れなくてよいのか等々である。イベント会場における事業費と参加者消費額の和だけではイベントの市場規模云々は、片手落ちだというわけである。

    このようにイベントの持つ社会的役割に対する視点の違いで、市場規模の見方、解読の仕方も異なるということである。

 

2.             ポスト「愛・地球博」が投げかけるメッセージ

 

       社会資本整備と併せ業の終焉

    今年は、35年ぶりの万博が愛知県で開催されている。「愛・地球博」の開催をめぐって実に様々な議論が展開された。オープン後も、会場を視察見学された人々の様々なコメントがマスコミを通じて流れてきている。そのことについてとやかくここで言うつもりはない。ここで指摘しておきたいことは、21世紀最初の万博が謳い文句の「愛・地球博」は、20世紀型大規模イベントの開発スタイルの残照として長く記憶と記録に留められることになるに違いない、ということである。

 

戦後、日本が復興していく上で大きな原動力となった大規模イベントとして東京オリンピックと日本万国博覧会(通称・大阪万博)がある。この両者は、共に社会資本の整備が伴う国家的プロジェクトとして位置付けられていた。1964年の東京オリンピックの予算は、1兆800億円の巨費が投じられたが、これには、国費で建造された国立競技場をはじめとする各種競技場や、東京都が建てた駒沢オリンピック公園の諸施設、さらには大会関連の高速道路や主要道路、東海道新幹線の建設費用も含まれている。浜松町と羽田間のモノレールの完成もこのときである。

 

1970年に開催された大阪万博もまた官民あわせた総投資額が1兆3,500億円にのぼった。この時の動員数は、万国博覧会史上、最大の6400万人であったことが、大きな話題になったが、その裏では千里ニュータウンの開発、ニュータウンまでの鉄道開発がしっかりと行われたのである。

 

その後、各地で行われた地方博や札幌、名古屋での冬季オリンピックや国体等といった大規模なイベントは、いずれも東京オリンピックや大阪万博が開発モデルとなり、道路整備や公共施設の建設が付随する「公共事業が伴うイベント」として注目されるようになった。このインフラ整備が伴う大規模イベントは、地域振興への経済波及効果も大きいとして平成元年度には、通商産業省が音頭をとってジャパンエキスポ制度の創設へと発展を遂げることとなった。ジャパンエキスポ制度の認定博覧会は、平成4年から平成13年まで、全国12地域で実施され一定の成果をおさめた。当協会もまた、そのサポートを行ってきた。

 

「愛・地球博」もまた万国博覧会という大義名分が推進力となり中部国際空港、リニアモーターカー、そして会場整備という巨大公共事業が伴うという、従来と全く変わらぬ手法がとられてきた。このインフラ整備と併せ業の大規模イベントの実施が、今後も続けられるのか、となると全く否定的にならざるを得ない。

 

愛知万博の開催が決定以降、世の中はバブル景気とその崩壊、そして景気低迷が長く続いた。民間企業はコスト削減、設備投資の抑制、リストラへの必死の努力を強いられることとなった。これまで大規模イベントを支えてきた企業は、イベントの費用対効果に対して厳しい目を注ぐこととなった。大企業といえども、収益に即直結しないものは切り捨てられる、さもなければ倒産の危機すら迎えることになる。また税収の落ち込みにより国家財政が逼迫していく中、道路建設や整備新幹線等の公共事業が見直されるようになり、必要不可欠な事業か否か、優先順位を明確にするよう求められる状況となった。官主導の大規模なイベントの大半が、道路や橋、イベント会場、スタジアム等の社会資本の整備との併せ技で実施されてき時代は終わったという認識が必要である。土木、建設業界で長く続いた大型イベント=公共事業という図式は、既に過去のものになろうしている。

官民ともに経済構造が激変する中で、大規模イベントが果たすべき役割そのものが時代の推移とともに変質を迫られているのである。

 

今、地方都市には驚くほど立派な展示場や会議場が整備されている。これだけの規模の空間を埋め尽くすイベントは、年数回しかありえないことが素人目にもわかる。そこのスペース稼働率は、おおむね低い。関係者は、小声で「ちょっと、大きなものを造りすぎた」と正直に応えてくれたことがあった。全国各地の巨大なイベント会場は、メンテナンス費用だけで、膨大な赤字が生まれている。そんな構造を、どのように改善していくかが大変な問題となってきた。

 

       ソフトパワーが決め手に

    コンベンション施設や市民ホール、あるいはスタジアムやアリーナ等のイベント会場となりえる施設、いわゆるハコモノはもう十分すぎるほど整備されてきた。インフラ整備と両輪で成長してきたイベント業界にとっては、これからが勝負である。

    真水の部分で、新たな価値を生み出すことができるか。それが問われている。

湯布院映画祭の担い手の方々に取材しに行った時のこと。「ここは何にもないので、ソフトを優先するしかなかったのです」と言った言葉が印象的だった。実際、今も映画祭が行われている会場は、お世辞にも立派とはいえない古びた公民館であった。イベントの魅力は、ソフトパワーによって生み出されるものであり、それが地域ブランドを創造していく。そのような事例の一方、建物だけは立派だが、これといった目玉イベントが作り出せないで閑古鳥が鳴いている施設が全国にはかなりある。

 

国の魅力について、かつてアメリカを代表する国際政治学者で、ハーバード大学ケネディスクール前学長(199512月から20046月まで)ジョセフ・ナイ氏は、ソフトパワーの有無で決まるということを主張し、大いに話題になった。1980年代のアメリカ衰退論に対し、ハード・パワー(典型的には軍事力や埋蔵資源など)ではなくソフト・パワー(政治力、文化的影響力など)という概念を用いて議論を行ったことでアメリカ政治学界の第一人者となった人である。ソフトパワーを、文化的影響力を含む概念としたことで、文化・芸術活動の大きさに注意が向けられるようになり、それがどれだけ活発に行われているかが、国力を測る、ある種の指標と考えられるようになった。これまでの軍事力、経済力一辺倒の指標はもはや時代遅れといったイメージが創りあげられつつある。

米国のジャーナリスト、ダグラス・マグレイもまた、国力をGNP(国民総生産)やGDP(国内総生産)の経済力の指標だけでなく国の「クール(かっこよさ)で示す必要性を主張し、GNC(Gross National Cool)という概念を提案した。そして、日本はGNCが極めて高い国であると賞賛した。イベントは、二人の米国人の言葉を待つまでもなく、ソフトパワーそのものであり、またクールさが求められるビジネスでもある。

 

       知恵比べの本格化

    平成の大合併により2005年度末の市町村数が1822になることが確定した。手厚い財政支援がある合併特例法施行で、合併が本格化する前の1999年三月末には3232あった市町村数が4割強も減少することになる。新たに合併した市町村は、新たな街づくりに取り組むことになる。旧市町村の権益をめぐって様々な火種、軋轢、摩擦を抱えこみながらも前進していかざるを得ない。地域の個性ある魅力づくりにしのぎを削ることになる。行政上のコスト削減のみに終わっては、地域住民は満足しないであろう。合併したことで得られるメリットが、感じられなくてはならない。その中でイベントが地域振興に果たすべき役割をいかに創っていくか。全国一律、金太郎飴型にならないようにするために、本格的な知恵比べの時代が始まったのである。地域分権ではなく、地域主権を主張していく時代なのである。

 

3.足元を見つめる時代に

 

● 「町並博」の成功

    昨年、日本イベント産業振興協会の15周年事業として「日本イベント大賞」の公募を実施した。その結果、大賞を獲得したのは「えひめ町並博」であった。多数の応募作品の中から、この「町並博」が選ばれたことは象徴的な出来事だともいえる。このイベントのコンセプトは「パビリオンのない博覧会」である。新たなハコモノを造らず、既存の町並みや施設を生かし、これまで埋もれていた地域資源、風物、伝統芸能等を再発見し、蘇生させようとした試みが評価された。しかも企業にたよらず、住民自身の企画、アイデアを形にしていくことを徹底した。イベント業務管理者資格を持っているプロのイベンターは、それをサポートしていく役回り。内子、大洲、宇和という三地域で同時多発的に展開される様々なイベントは、博覧会期間中はビジネスモデルの実験期間という位置づけ。うまくいけば、半年の博覧会終了後も継続して事業を実施していく。ちなみに「町並み博」の自主企画団体を対象としたアンケートによれば、自主企画イベントを「今後も継続していきたい」が60.0%、「形を変えて継続したい」が27.5%あり、トータルすると今後も活動を継続していきたいとする団体が87.5%も占めた。尚、「えひめ町並み博」の経済波及効果は、投資額10億円に対して、その約8倍の効果があったと推計されている。これは、通常の地方博覧会が投資額の34倍の経済波及効果であるのに対して、相当大きな効果を生み出しているといえる。

 

       地域資源の掘り起こし

    その土地の魅力と集客交流ビジネスとしてのイベントをどう結びつけるか。この課題に応えるには、二つの視点が必要である。一つは「内の目」、もう一つは「外の目」である。「内の目」とは、その地域の歴史・風土、政治・経済に精通し、現状の問題点や課題を把握している人の目である。内側から見た地域資源の活用法を抽出できる人材である。「外の目」とは、各地の地域振興の事例を研究し、その土地の魅力を相対的に比較、評価できる人の目である。外側から見ることで、その地域内の人には普段から見慣れた風景や、当たり前と思っている事象も、実は大変な「観光資源」「イベントの種」に成りえる、お宝ものであることがある。それがわかる目利きとしての人材である。この両者が出会うことで新たな活力が地域にもたらされる。最近の言葉で言えば「マッチング・ビジネス」が成否を分けることになる。昨年、各地で継続的に実施されているイベントを数多く調査した。その時に、大変印象に残ったことは、地元からいったん外に飛び出した方々、海外体験や、東京や大阪といった大都市体験を数年間した方々が、Uターンして地元の魅力を再発見したところから生まれた事業やイベントが結構あったことである。外界に触れることで、相対的な価値評価を養うことができた人材が活躍し始めているのである。これは理想的な形かもしれない。

今後、都会生活を送ってきた団塊の世代が、大量にリタイアを迎える。彼らは、どこに行くのか。Uターン組、Jターン組、Iターン組等々、その選択肢は様々ではある。いずれにせよ、その時に地域の受け皿が問題になってくる。受け皿の整備次第で、「街づくり」、地域振興そのものが大きく変わる可能性がある。

イベントは、「内の目」と「外の目」との関係構築を促進する上で、手法的には大変有効である。今後、集客交流イベントをめざす地域は、早急にこの二つの目の出会いの場を、積極的に提供する必要があろう。

 

 

 

 

4.「空気」を換えるビジネス

 

● 空気のつかみ方

    かつて故・山本七平氏が「空気の研究」という本を著した。うろ覚えで恐縮だが、

その中で日本という国は、一人の強いリーダーシップを持った人によって動かされるよりも、その場にかもし出される「空気」によって支配される、というようなことを書いていた。意思決定が、「場の空気」によって成されるという考察に「なるほど」と妙に納得した覚えがある。雰囲気やムードといった、ある種説明しがたい状況を作り出していき、結果として誰もが極端な対立を経ずに合意形成していく。このプロセスを「空気」というキーワードで見事に表現したのである。 

 

実は、イベントにおいては、この「空気」というキーワードが極めて本質的なところを突いているのではないかと思う。イベントは、まさに「場の空気」をガラリと変える力を秘めている。イベントが実行に移される前と後で、世界が変わるといっても過言ではない。規模の大小はそれほど関係がない。もちろん大規模なイベントの場合だと歴史そのものが変わることもあるが、プライベートなイベントでも、人生が変わることがある。あるパーティーでの出会いがきっかけで、結婚に結びつくケースもあるだろう。あるいは、ある展示会のブースに出展したことがきっかけとなり、企業活動に弾みがつくことになったケースもあるだろう。

 

イベントは、スポーツイベント、会議イベント、展示イベント、文化イベント等のジャンルに関わらず、誰もいなかった空っぽの空間を、興奮の坩堝に変えてしまうことができる。場の空気を、オープン前、スタート前と全く「別の空気」に換えてしまう。今までと違う、どんな空気に換えるのか、参加者にどんな空気を味わってもらいたいのか、イベントに関わる全ての人たちが「空気の製造」に関わっているのである。

 

● 空気の創り方

  ではどうやって今までにない「空気」を創り出すのか。それは、甘美な空気なのか、刺激的な空気なのか、元気の出る空気なのか、しっとりとした空気なのか・・・・。 

  目的によって当然変わってくるが、忘れてはならないことがある。それは、相手が何を期待しているのかを常に把握するよう努めることである。イベントは、相手があってはじめて成立する。参加者が求めていることは何か? 例えば、意外性を期待しているにもかかわらず、何の意外性もなければ失望に終わる。イベントは、作り手側の独りよがりになっては成功しない。人々がどんな空気を吸いたがっているのかを、把握することが「はじめの一歩」である。

 

大道芸は、投げ銭の多寡によって実力が見えてしまう、厳しい世界である。おもしろいか、おもしろくないか、ダイレクトに評価が出る。集まってきた人々の心をつかみ、離さない。大道芸人は、「場の空気」を創り出すプロフェッショナルである。イベントの世界も、期間が限定されているため失敗か成功かが端的に出るケースが多い。しかし、規模が大きくなると意外に評価は難しい。経済的評価と心理的評価が必ずしも一致しないことがある。参加者に感動を与えても、事業収支上は赤字というケースは、いくらでもある。イベントが置かれている問題点の多くはそこにある。今日、イベントは全国各地で日常的に行われるようになってきた。それだけに安易に誰もが簡単にできるものと思われがちだ。しかし、そこに落とし穴がある。イベントが、人々に感動を与えるような空気を創り出すには、数多くの専門的な知識や技能を必要としている。イベントの終了後に、苦い空気を吸うことのないようにするには、イベントの基礎知識を学ぶことの重要性が高まっているのである。

 

5.あこがれの職業へ

● イベントリテラシー

  イベントをサポートする仕事に携わる方々にとって、イベントの基礎知識を学ぶ必要性がたかまっている。イベントは、ちょっとしたトラブルで事故が起きる危険性や訴訟に持ち込まれる危険性を常にはらんでいる。安全性への対応ということで関連する法規制だけでも数多くある。建設業法や消防法、あるいは食品衛生法、最近、話題となった警備業法等々。その他にも、イベントに使われる映像情報等は、著作権法が絡んでくる。日本イベント産業振興協会でまとめたイベント業務関係法令一覧表には、70以上の法律、法令、条令がまとめられている。

  リテラシーとは「読み書きそろばん」といった基礎的な知識のことをいうが、イベントにおいてもイベントリテラシーともいうべきものをしっかりと身に着けてもらいたいと願う。日本イベント産業振興協会では、「イベント検定」と「イベント業務管理者資格」という二段階の資格試験を毎年一回実施している。今後、地域振興においてイベントが果たすべき役割に期待する方々には是非受けてもらいたい試験である。そのための教材や受験資格を得られる認定専門学校や大学を紹介している。

 

       イベントファシリテーター

    イベントの企画・実施・運営を行うディレクターの多くは、イベント専門会社や広告代理店に在籍している。しかし、今後求められる人材としては、地域資源を地域住民とともに発掘し、そこからアイデアを練り上げ、方向付けし、企画としてまとめあげるまでのプロセスを伴走してくれる、そんな人材である。このような人材は、新たな集客交流ビジネスを仕掛けていこうとする自治体にとっては、必要不可欠である。えひめ町並博は、宮本倫明プロデューサーがその役割を担った。博覧会を多く手がけた宮本氏のようなイベントプロデューサーがイベントファシリテーターとして活躍する場が、今後、増加するに違いない。当協会としてもイベントのディレクター、プロデューサーに次ぐ第三の役割を担う人材の養成に現在、関心を持っているところである。

    今後、イベントに従事する人々が、若い人達の「あこがれの職業」となるよう当協会も、できる限りの工夫していきたい。イベント関係者が、めざすべき方向、頂点として「日本イベント大賞」の公募も、2年に1回程度実施する予定である。

 

       受注型から提案型へ

    最後にこれまで述べてきたことを集約すると、次のようなことである。イベントが置かれた時代環境が大きく変わった。その変化は、イベントに関わる産業のメンバー構成、プレイヤーが変わってきたことを意味する。これまでのように大規模なイベントを大義名分とする会場整備、公共事業に国や県の予算はほとんど回ってこない。イベントを行うステージ、舞台はほぼ整ったという認識からスタートする必要がある。イベントそのものも非日常的なものというよりも、日常的に実施されるようになってきた。それだけにリスク管理が重要である。同時にイベント関係者の競争は激化し、生き残りをかけて凌ぎを削ることになる。イベントをサポートする人達、イベント業界に身を置くものは、「待ちの姿勢」では競争に勝てない。イベントの基礎知識、技能を高め、プロフェッショナルとしての役目を果たさなくてはならない。その上で、自ら企画し、提案力、ソフトパワーで勝負していかなくてはならない。地域の伝統文化、芸能に目を向け、埋もれた資源を発掘することも必要となろう。各地で実施されている有力イベントの分析、時代の流れを見通すマーケティング力、様々な業界、人脈を活用できるネットワーク構築力、プロデューサー機能、ファシリティー機能を身に付けていくことも重要である。日本イベント産業振興協会としても、イベントの動向分析、イベントマネジメント等の人材育成を通じて、今後とも皆様方のお役に立てるよう努力していく所存である。

以上。