| −コラム イベントあれこれ− 文化資源とイベント 第2回 |
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星の城、明日に輝け 市民創作函館野外劇 |
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| (2004日本イベント大賞応募 映像) | |||
| ●五稜郭 鯡と書いて「ニシン(鰊)」と読む。さかなに「非ず」、それなら何なのか。それは魚ではなく、莫大な利を稼げる投機商品であった。 海中生物の死骸は分解され深海底に雪のごとくに降り積もる。マリンスノーと呼ばれる。極地で冷やされ重たくなった海水は深海に「深層流」と呼ばれる流れをつくり、その流れは堆積したマリンスノーを巻き込みながらやがて陸地にぶつかって上昇する。マリンスノーが含む燐や窒素などの成分を餌にしてプランクトンが大量に発生し夥しい魚群が繁殖する。魚のあるものは川を遡上して動物の餌となり山奥の森林に養分を供給し、腐葉土は再び川を下って海に戻り魚群が群れる。壮大な生命の循環である。 分解された生物の死骸が含む燐と窒素は、植物の成長や光合成に欠かせない成分である。食物連鎖の過程で燐窒素を濃縮した魚、ことに「鰊」は農耕用の肥料として素晴らしいものであった。 江戸時代、西国の木綿作りが大名諸藩の経済を左右する重要な産業にとなり「鰊」の需要が激増すると、近江商人に雇われた北陸の北前船が北海道松前藩の地に来航して大量の鰊を買い付けた。鰊は魚に非ず一攫千金をもたらすベンチャー商品となり、小樽や函館に鰊御殿が建った。蝦夷地の漁場で日本とロシアが接触したために、ロシア語の「イクラー」は日本語に、日本語の「いわし」はロシア語(イヴァーシ)になった。 江戸幕府はロシアの侵略を警戒して函館に要塞を建設した。佐久間象山に洋式武術を学んだ大洲出身の武田成章(斐三郎)が箱館奉行の命令でオランダの書物を研究し、中世ヨーロッパで発展した稜堡式城郭に基づく設計をした。死角なく大砲をめぐらせた函館の要塞、それが五稜郭である。 |
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| 五稜郭と函館 HINET函館観光情報 より http://www.hakodate.or.jp/home/default.htm |
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| ●フィリップ・グロード神父と市民 パリのカトリック大神学校を卒業したフィリップ・グロード神父が函館元町カトリック教会主任司祭に就任したのは昭和36(1961)年のこと。故国フランスのル・ピディフ地方は、古城を舞台にした野外劇で世界的に知られている。 グロード神父は思った。函館にも五稜郭という素晴らしい舞台があるではないか。そしてアイヌ民族の時代、倭人の侵入、ロシア人との出会い、高田屋嘉兵衛、榎本武揚、函館戦争へと連なる壮大なスペクタクルドラマの素材が函館にはあるではないか。 神父の提案をきっかけにして市民ボランティアが集い、特別史跡五稜郭を舞台にした「市民創作函館野外劇」が誕生したのは1988年のことだった。あらゆる階層・年代の市民の力が結集した。市内の中学校・高校の演劇部で本格的な演技指導のワークショップも催された。 野外劇と同じ年に生まれた子供は現在すでに大学進学の年齢になった。この17年間にたくさんのノウハウが蓄積され、さまざまな工夫によって劇そのものも進化した。 |
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| 野外劇に集まった市民ボランティアたち 右の写真はグロード神父 | |||
| ●2005年は18回目の夏 アイヌ伝説のコロポックルがトリックスターで登場して始まる函館野外劇は、創設以来7月下旬から8月上旬の金・土・日の夜、毎年10回の公演を行ってきた。五稜郭の水面を光の幻想が彩り満天に音の波が吸い込まれていく。この舞台の雰囲気はリンクしている映像(2004日本イベント大賞応募作品)でご覧いただきたい。 毎年7000人にも及ぶ市民や観光客を魅了し続けている函館野外劇は、五稜郭という文化資源と郷土の歴史、そして自らの地域と先人の叡智を大切に思う市民と行政との共創によって受け継がれてきた。 2005年には土方歳三の場面に新しい演出が加わるのだそうである。夏に北海道を訪れる人は是非五稜郭の舞台を訪れていただきたいと思う。函館野外劇は地域と市民との暖かい関係を教えてくれる、高い価値を持ったイベントなのである。(平成17年4月三輪祐児) |
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| 過去の舞台写真とポスター 写真提供:NPO法人 市民創作「函館野外劇」の会 ホームページ http://hakodate.to/yagaigeki/index.html |
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